日比谷孟俊 研究代表者(実践女子大学文芸資料研究所)

・遊女絵(特に一中節に関わる)におけるパトロンの存在について考察を進めています.
・幕末の5枚続きの遊女絵が精緻なちりめん絵に加工(縮小)されているのを発見し,その制作法の解明をディジタル顕微鏡を利用して行っています.絵の圧縮工程は数学における 「行列」の積によって説明できます.
・浮世絵の紙に填料として展化されているコメ澱粉粒は「球晶」の特徴を有しており,光学的には一軸性複屈折結晶として扱えます.複屈折による偏光の回転は「相反性」を有しますが,コメ澱粉粒の場合,消光十字として識別できることを説明できました.消光十字の観察し易さは背景色に依存します. ・遊里の音曲の東西比較を行い,上方では当道座にいる盲人が,江戸では吉原の男芸者が,遊女へ教育を行っていることを,静岡大学長谷川教授と共同して論文にしました.

ちりめん絵の顕微鏡拡大図
濃青緑の背景におけるコメ澱粉消光十字

著書

・日比谷孟俊,『江戸吉原の経営学』笠間書院,2016年.

論文

・日比谷孟俊,「酒井抱一と吉原 余香」,『みなみ』115号,pp.38-48, 愛知県南知多町郷土研究会,2023年5月.
・長谷川慎,日比谷孟俊,「遊里における音曲の受容に関する東西比較-上方の当道と江戸の男芸者 -」,『実践女子大学文芸誌資料研究所年報』,42 号,pp.137-141,実践女子大学文芸資料研究所,2023年3月.  http://doi.org/10.34388/1157.00002448
・日比谷孟俊,「葛西城攻略の論功行賞」, 『足立史談』第661号,pp.1-2., 2023年3月.
・日比谷孟俊,「姿海老屋の新造出し ー 尾張系妓楼での採用と出世 ー」, 『みなみ』第114号, pp. 53-64 ,愛知県南知多町郷土研究会. 2022年11月.
・日比谷孟俊,「江戸の門付け芸 - 尾張万歳、狐舞、大黒舞 吉原から歌舞伎へ – 」,『みなみ』第113号, pp. 55-61, 愛知県南知多町郷土研究会. 2022年5月.
・日比谷孟俊,大和あすか,「 近世彩色絵画資料における色材の分析」『アジア遊学 262 資料論がひらく軍記・合戦図の世界 理文融合型資料論と史学・文学の交差』, pp.86-100.勉誠出版,2021年11月.
・日比谷孟俊,「新吉原に見番制度を作った知多の大黒屋庄六と「碁太平記白石噺」,『みなみ』第111号, pp. 72-81, 愛知県南知多町郷土研究会. 2021年 5月.
・日比谷孟俊,「内田佐七邸に残る江戸吉原「松葉屋抱代々山」の扇面自筆」,『みなみ』第109号, pp. 59-72 ,愛知県南知多町郷土研究会. 2020年5月.
・日比谷孟俊,「尾張出身妓楼における遊女絵の刊行 -契情道中双ろく見立吉原五十三対」, 『みなみ』第108号, pp. 30-40 ,愛知県南知多町郷土研究会. 2019年11月.
・日比谷孟俊,「江戸新吉原における尾張出身者 -何故,知多と吉原なのか-」,『みなみ』第107号, pp. 36-48 ,愛知県南知多町郷土研究会. 2019年5月.
・日比谷孟俊,「新吉原松葉屋抱「化粧ひ」 ー 教養も智力も人間力もある女性」,実践女子大学文芸資料研究所年報』 第36号,pp. 113-130. 2017年. http://id.nii.ac.jp/1157/00001793/
・日比谷孟俊,「浮世絵から見た歌舞伎,吉原俄,天下祭における相互の関わりと吉原男芸者の役割 ー 河東節山彦新次郎父子を例として 」,『太田記念美術館紀要 浮世絵研究』第5号,pp.37-66, 2014年.
・日比谷孟俊,「吉原研究のツールとしての遊女絵版画 ー メタデータとしての紋から考察した遊女絵開板年の特定と遊女の襲名 ー」,『アートリサーチ』 14号,pp.3-17, 立命館大学アートリサーチセンター,2014年3月.  http://doi.org/10.34382/00007741
・日比谷孟俊,佐藤悟,内田保廣,「吉原細見データベースとAttributeとしての紋を用いた文政期における英泉筆遊女絵開板時期の特定 ― 契情道中双娽見立吉原五十三対を例として」,『浮世絵芸術』,163巻 pp.5-28, 2012年,  https://doi.org/10.34542/ukiyoeart.1579
・日比谷孟俊,「描かれた花魁と吉原細見による江戸後期の妓楼の研究 ー江戸町 一丁目和泉屋平左衛門を例として」『浮世絵芸術』,158巻 pp.45-67.2009年, https://doi.org/10.34542/ukiyoeart.1521

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